街の人の声

■おしまいの森街頭インタビュー

「あなたのしたいことを教えてください、ですか。綺麗な家に住んで、美味しい日本酒が飲みたいかな。あと、暖かいこたつに入りながら、牛テールスープを食べたい。人間からも労働からも距離を置いて、社会の隅っこで世界を眺めていたい。屋久杉になりたい」(28歳男性会社員)

「うーん、私、レッサーパンダになりたいです。毎日溶けていたい。たまに立ち上がって動いただけでキャーって言われたいです」(21歳女性学生)

「全然関係ないですけど、ランチを外で食べると、最近は500円とかではなくて1,000円くらいですよね。そのあたりに底知れない深い悲しみを感じます。真綿で絞められてるって程でもないんですけど、少しずつ狭くなっていく校庭みたいな。あ、何言ってるか分かんないですね」(36歳女性会社員)

「あと2年勤めあげたら、宮崎に帰るんです。もう仕事に熱意なんてありませんが生活のためですし、長年の経験もあって大抵のことはそれなりにこなせますね。孫が生まれまして。楽しみですよ。別にやりたいことはないですが今はそれだけです」(58歳男性会社員)


■営業実践柔軟思考法セミナー

 脈略のない断片的なインタビューを聞いて、ストーリーを仕立て上げる発想トレーニング。同じ職種になった大学の同期で週末通っている、営業実践柔軟思考法セミナーの第4回。
「うーん、屋久杉の上で500円の牛テールスープを飲むレッサーパンダかなあ」
 和樹はこのストーリートレーニングが苦手だ。ただ何をトレーニングしているのかは今でもよく分からない。社会人となってもこうして友人と定期的に会えるのが楽しくて続いている。

「孫が足りてないんじゃないの。あと、それだとストーリーというよりキャラじゃん」
 千里がつっこむ。皆で通いだす前から1人で半年近く通っていたらしく、和樹も満も千里に誘われる形でセミナーに通いだした。
「確かになあ、満はどうなったの」和樹が顔を向ける。
「まずですね、美味しい日本酒を飲む。するとそこに孫がやってくる。レッサーパンダが見たいというので、1,000円のランチを食べてから動物園に連れていく」満が答える。
「それはただの豊かで幸せなおじいちゃん」と千里。
「ゆたか?豊かさのイメージが画一的じゃないですか?もっと豊かの豊かさみたいなものを求めないと」
 満が答える。付き合いの長い和樹から見ても、満はたまによくわからないことを言う。

「じゃあ次は私」千里が言う。「この4人は、皆森へ還るの」
「森ってどこの」和樹が遮るが、千里はそのまま口を開く。
「それなりの享楽を求めながらも、社会からそれを獲得する気概はない男性。このひとは人間でいることを放棄して森へ還るの。承認欲求とともに自我が溶けていくこの子もおしまいの森へ還る。ランチ難民となっているこの女性も、底知れない社会不安とともにおしまいの森に還っていく」千里が滑らかに続ける。
「このおじさんは普通におしまいの森へ帰ってる」
「なんで」と和樹。
「おしまいの森は宮崎にあるから」
「知らなかった。というかおしまいの森って何、そのあとはどうなるの」和樹が問いかける。
「知らない。なんか共通点探しみたいになっちゃった」千里が笑う。「そういえば今度このセミナー主催の合宿があって」

 

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